2017年1月20日金曜日

時代劇小説『みこもかる』 十七 行灯(あんどん)

【前回の『みこもかる』は?】八丁堀の池田家は新しい下女お藤を迎えた。御供の次郎達と直ぐに打ち解けて、台所で大変賑やかそうにしていた……さて、茶の間では、夕餉を済ませた夫重太郎が、もう寝るから布団を敷いてくれと頼んで来た。お美代は、夫が夜伽(よとぎ)を望んでいると解して、心が舞い上がる。


     十七 行灯(あんどん)

「じゃあ、明け六つ前には起きてね」
「はい、分かりました。お休みなさいませ、奥様」
「はい、お休みなさい」
 手燭(てしょく)の灯りに照らし出されたお藤の後ろ姿が、女部屋に消えるのを十二分に見送ってから……お美代は奥の間へ下がった。
(ふふ。ちょっと待たせ過ぎたかしら。まだ寝てないわよね)
 浮ついた気分を落ち着かせようと、一呼吸置いてから、襖を開けてみると……夫は行灯を近くに引き寄せて、本を読んでいた。
 茶箪笥(ちゃだんす)の上の貸本ではないようで、
(はは~ん、さては艶本ね!)
 一昨日の夕方、深川の安五郎親分が家に来たのだが、嫁入り前の娘さんに如何わしい本を貸している奴が居るとか言っていたのを思い出した。
(いやはや。全く、やだわ)
 お美代は昂(たかぶ)る気持ちを気取られないように澄まして、寝間着に着替えて、自分の夜着に潜り込んだ。
 暫し待ったが……何も起きない。声も掛けて来なきゃ、こっちの寝間着に潜り込んでくる気配も無い。そのまま放って置かれた。
(もうっ、意地悪! 何時まで待たせる気なの?)
 横目でちらっと様子を窺ったが……夫は本を読み耽るばかりで。こちらの女体には興味が無いのか?
 お美代は遂に頭に来て、
「何をそんなに熱心に読んでいるのです?」
 と、噛み付いた。
 夫はひょいっと表紙を見せてくれた。
「『けんぶんだんじょろく』?」
「『けんもんをとめろく』と読むそうだ」
(『見聞男女録』ねえ。如何にもっていう題だわ)
 穴が開くように、じっと本の表紙を見ていると、
「違うぞ、ほら」
 と、夫は本を渡して寄越した。
 ぺらぺらと捲ってみると、
「んん?」
 期待していた男女が……という類ではなく。全く持って艶本ではなかった。
 少しお硬い感じで、口絵も大和絵風の……山菜採りをしている里の娘と、それを木陰からこっそり覗き込んでいるお公家さんが描かれていた。

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