2017年1月13日金曜日

時代劇小説『みこもかる』 九 船宿『土筆』

【前回の『みこもかる』は?】北町奉行所の定町廻り同心池田重太郎は、下女を紹介するという吉井の話を聞く為に、船宿『土筆』の一室を借りる。さて、その娘。お藤という名の信州女なのだが、恋愛沙汰に巻き込まれて、前の奉公先を辞めざるを得なくなったとかいう訳有りだった。




     九 船宿『土筆』(二)

 どうやら隠し事有るらしく……重太郎は語気を強めた。
「口を開け!」
「んん……」
 と、吉井は口を噤(つぐ)んだままで。
「おい、何なんだ? 正直に言え!」
「いやぁ、実はなぁ……奉公構えをされちまっててな」
「奉公構え?」
「ああ」
「まさか大和屋が手を回して、嫌がらせをしているのか?」
「いや、違う。その口入屋がだ」
「口入屋が何で?」
「請人の半次郎と揉めてな」
「揉めた?」
「口入屋が要らぬ事を口にしてな。今の時期、下女の口など何処も埋まっているだろう。良い口など早々見付からない。で、半次郎が苛々している所に、妾奉公なら直ぐに見付かりますよ、と口入屋が下らぬ冗談を言っちまいやがったんだ」
 お前が言うかと、重太郎は口に出掛かった。
「半次郎が切れたか?」
「ああ。お前の所には頼まないと啖呵を切ったら、口入屋が意地悪してな。仲間内に手を回して、お藤という娘は奉公先で面倒を起した。主人の娘の縁談相手に色目を使った。請人の男も切れやすい。有る事無い事吹聴して。悪評が立って、半次郎は何処の口入屋も出入り禁止になった」
「そういう噂はあっという間に広がるからな」
「八方塞がりで。人宿には泊まれないから、今は普通の宿で寝泊りしているんだ」
「だったら、川向こうか、千住か品川辺りなら直ぐに口が見付かるんじゃないのか?」
「う~ん。あまり遠い所は……出来れば目の届く近い所が安心だろうし。それに柄の悪い土地はなぁ。その点、お前の所なら安心だろう?」
「ふん」
「なっ。置いてやってくれよ」
「……」
「人助けだと思って」
「……」
「おい、だんまりか?」
「……」
「帰るにも郷の信州は遠いし。奉公先を早く見つけて、金を稼がなければならないのに、宿代で金は減る一方。度重なる不幸で、本人は傷ついている。哀れだと思わんか? 何とかしてやろうという気は、お主には起こらぬのか?」
「……」
「よしっ! じゃあ、取り敢えず半期でどうだ? なっ。使ってみて、それで気に入らなければ、来年の三月に三河屋から新しい娘を入れればいい」
「その後は? お藤とか申すその娘はどうする?」
「俺がまた新しい奉公先を探すさ」
 重太郎は心の中で、ふっ、と吹き出した。
 世話好きにも程がある。何時も余計な事ばかりに首を突っ込んで。こいつは人が良すぎるのか、それとも単に馬鹿なのか? もう何十年という付き合いなのだが、未だに区別が付かなかった。

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