【前回の『みこもかる』は?】八丁堀の池田重太郎宅。昨晩宿直だった息子の深一郎は、昼過ぎに目を覚ます。裏の井戸で顔を洗うが、手拭いを忘れてしまい、袖で拭こうとしたが……其処へ、お藤が来て、手拭いを差し出す。が、深一郎は誤ってお藤の手をギュッと握ってしまい、彼女を驚かせてしまうのだった。
三十三 井戸(八)
深一郎は母から包みを受け取ると、家を出た。
暫く歩くと、向こうから長助が駆けて来た。
「あれ、お出掛けですか?」
「ああ」
長助はこちらが手に提げている包みに興味津々(しんしん)で、目を凝らしていた。
深一郎は親指で家の方を指差しながら、
「おい、昨日来たそうだな」
「嗚呼、はい。昨日の晩に。お藤ちゃんにお会いになりました?」
「ああ……三河屋が連れて来たのか?」
「いえ、違います。吉井の旦那の紹介ですよ」
「……」
深一郎は呆然としたが、気を取り直して、
「吉井さんが取り成したって、何でまた?」
「ああ……何でも奉公先を探している娘がいるってのが、吉井の旦那の耳に入って。それは丁度良いって事で、内に紹介したそうです」
「ふ~ん」
「前居た奉公先の時の請人と吉井の旦那が顔見知りだそうで」
(ん? 出替わりの時期を疾(とう)に過ぎているのに、何故今頃探す? 何か有ったのか?)
「前の奉公先は何処だ? 聞いているか?」
「いえ、聞いていません。自分は昨日一日中家に居て、迎えには行かなかったんで。そこまで詳しい話はちょっと」
「態々(わざわざ)迎えに?」
「はい。帰りに皆で。吉井の旦那も一緒で。お藤ちゃんを人宿まで迎えに行ったそうです」
「ふ~ん」
「兄貴に聞いときますか? 知っているかも」
「ああ。うん……あっ、待て。次郎や卯助には聞いてもいいが、俺が聞いたとは言うなよ」
「はい」
「分かったら、後でこっそり教えろ」
「はい」
「頼んだぞ」
「はい……所で、何処にお出掛けになるんですか?」
「ん? あー、石橋の伯母さんの所だ」
「えっ!」
「お前も来るか?」
「いや、いいです」
「付いて来い。羊羹が食えるぞ」
ほれ、と包みを持ち上げて見せたが、
「遠慮しときます。自分は風呂焚きしないといけないんで。それじゃ」
からかったのだが、効果覿面(てきめん)。長助は脱兎の如く家の方に逃げて行った。
時代劇小説『みこもかる』更新中! 大きな目の持ち主で、無類の本好きの女の子、お藤ちゃん。恋愛沙汰に巻き込まれて、商家での下女の働き口を失うという災難に。さてさて、次の新しい奉公先は……
2017年4月11日火曜日
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時代劇小説『みこみかる』 三三 井戸(八)
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