2017年1月18日水曜日

時代劇小説『みこもかる』 十六 夕餉

【前回の『みこもかる』は?】八丁堀の池田宅の奥の間。お美代は夫重太郎から、新しく来た下女お藤の身の上を聞かされる。前の奉公先でのゴタゴタ、信州松代の出、紹介者が吉井である等々……さて、話が終わって、お美代が台所に出てみると、お藤は次郎達とすっかり打ち解けているようだった。


     十六 夕餉

 早速二人で、六人分の膳の用意に取り掛かったが……お藤は手慣れたもので、てきぱきと動いてくれるので、正直これは楽だと。おまけに一緒に居て心地が良かった。顔があれで、大いに問題があるのが唯一の欠点であり、頭を悩ませる所だが、如何ともし難く。
 さて、その後、夫と二人、茶の間で静かに食していたが……障子の向こうは大変賑やかであった。次郎や長助は兎も角、普段口数の少ない卯助までが会話に加わっていた。お藤は専ら聞き役に徹しているようで、男達の饒舌が途切れる事無く、洩れ聞こえていたが……ふと見ると、夫が徳利を逆さにして振っていた。
「もう一本浸けさせますか?」
「ん……」
「お藤!」
「はい」
 と、お藤が障子を開けて入って来たが、
「あっ、いい」
 と、夫は手を振って止めた。
「宜しいのですか?」
「ああ」
(あら、珍しい)
「お藤、下がっていいわよ」
「はい」
 と、お藤は障子を閉めて、台所へと戻って行った。
「もう横になるから、布団を敷いてくれ」
「お気分でも冴えないのですか?」
「いや、大丈夫だ」
(お疲れで眠いのかしら?)
 お美代は奥の間に行って布団を敷いていたが、
(あら、やだ。もしかして、誘ってる?)
 なんて、思いを馳せた。
 お美代は平静を装いつつ、茶の間へ戻った。
「敷きましたよ」
「おっ」
 夫は奥の間へと下がって行ったが……直ぐに後を追うなんて事は流石に出来ず。お藤と二人で、夕餉の後片付けや明日の朝餉の下準備を済ませた。
 次郎達が順番に風呂に入っていたが、まだ空きそうにない。茶箪笥の上に置いてある数冊の貸本を指し示し、
「長助が上がるまで、本でも読んで待ってて」
 と、お藤に声を掛けると、お美代自身は茶の間に戻って、縫い物で時を潰した。
 長助が風呂から上がって、お藤が残り湯に浸かっている間、お美代はもうそわそわのしっ放し。漸く、
「奥様、湯を頂きました」
 と、お藤が風呂から上がって来た。
 まだ夜五つ前だったが、
「今日は疲れたでしょう。ちょっと早いけど、もう休みましょうか」
 と、お美代は如何にもというような台詞を吐いた。

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