2017年1月11日水曜日

時代劇小説『みこもかる』 三 佐賀町




     三 佐賀町

 場所は川向こう。大川こと隅田川を永代橋で渡って、直ぐ左手に在る佐賀町だった。
「こちらです」
 辰吉に導かれるまま付いて行くと、とある長屋の路地木戸の近くで、手下を連れた安五郎と落ち合った。
「どうも」
 と、安五郎は挨拶し掛けたが……左平次と伝蔵が居るのが目に入り、声を荒立てた。
「何でい、二人とも!」
「なに、丁度居合わせたもんでな。見物がてら、来させてもらったよ」
「嗚呼~。もしかして今日、口書だったのかい?」
「ああ」
「なら、悪い事しちまったな」
「染七は中に居るのか?」
 と、重太郎は話を遮った。
「あっ、はい!」
 と、安五郎は一度緩めた顔を元に戻した。
「帰ったきり、一度も外には出ていません」
「見張りは?」
「塀の向こうに一人置いています」
 染七の生業(なりわい)は絵師だが、近所の男どもや上さん連中を相手に潜りで貸本もしていた。扱っているのは主に艶本で、この程度の事なら普段は目を瞑って放って置くのだが……最近、染七は金に困っているのか、嫁入り前の若い娘から、果ては十二、三歳ぐらいの年端のゆかない子供のような娘にまで本を貸し与えるようになって、さすがに安五郎としても見逃して置く事は出来なくなった。
 一昨日の夕方、安五郎が自分の所に話を持って来たので、その日の内にお縄にする筈だったが、外出した染七を事もあろうに安五郎の手下が見失うというへまを仕出かした。結果無理に探し出したりはせず、本人が帰って来るのを待つ事にした次第で……
 まぁ、大した捕り物ではないのだが、安五郎本人にとってはかなり美味しい話だった。染七が貸本した人数を考えれば、引合は付け放題。かなりの実入りが期待出来るからだ。
「塀の見張りに、今から踏み込むと、知らせに行かせろ」
「おい!」
「へい」
 と、安五郎の下っ引きは一度行こうとしたが、足を止めた。
「あっ、親分。自分はその後はどうしたら?」
「馬鹿野郎、戻って来い!」
 と、安五郎が声を殺して怒鳴り散らした。

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