2017年1月14日土曜日

時代劇小説『みこもかる』 十一 八丁堀(二)

【前回の『みこもかる』は?】八丁堀の池田家の屋敷前で、小者の長助は掃き掃除をしていた。其処へ、所、兄貴分の次郎が戻って来る。すわ、事件かと意気込む長助であったが、主の重太郎の言伝を細君のお美代に伝えに来ただけであった。




     十 八丁堀(二)

「はいはい、なあに?」
 と、お美代が台所に出て来た。
「奥様、旦那から言伝を預かってきました」
「あら、何かしら?」
「下女の件なんですが、旦那の方で見つけられたので、三河屋の方は断れとの事です」
「えっ!」
 と、お美代が思いっきり顔を顰(しか)めた。
「吉井の旦那の紹介なんですよ。是非にと頼まれまして」
「嗚呼……なら、仕方ないわね」
「三河屋へは自分が行きます」
「そう。じゃあ、お願いするわ。代わりによく謝って置いてね」
「はい。それと、その新しい下女なんですが。今日、旦那が連れて帰って来る手筈で。帰りは遅くなると」
「あら、そうなの?」
「はい。夕方に吉井の旦那と合流して。それから宿に迎えに行くそうです」
「宿に?」
「はい。ですから、帰るのは暮れ六つ近くになるかもしれないと、そう仰っていました」
「分かったわ」
「では、自分は三河屋に行って、そのまま旦那の所に戻ります」
 次郎が土間を後にしたので、長助もその後ろを付いていった。
「どんな子が入って来るんで? 兄貴、もう会いました?」
「まだ会っちゃいねいよ」
「ふ~ん……あっ、三河屋への使い、あっしが行きましょうか?」
「ふっ。単にさぼりたいだけだろう?」
「あっ、ばれました?」
「当たり前だ。お前は家の仕事でも……」
 と、言い掛けたが……表の道に出ると、
「おい、こらっ!」
 と、次郎の雷が落ちた。
「全部飛んじまってるじゃねぃか!」
 折角集めた落葉が全て風で飛ばされて、向こうの方まで、辺り一面に散らばっていた。
「嗚呼~っ」
「嗚呼じゃねえよ。おめえは結が甘いんだよ。たくっ……しっかりやれよ」
 と、次郎は言い残して、さっさと行ってしまった。
 長助は一からまた落葉を掃き集めた。

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