2017年1月23日月曜日

時代劇小説『みこもかる』 十八 行灯(あんどん)(二)

【前回の『みこもかる』は?】八丁堀の池田宅。夜半、夫重太郎が待つ奥の間に下がったお美代であったが……夫は本を読み耽っていた。捕まえると言っていた潜りの貸本屋の艶本だと勘ぐった。本の題名からして、『見聞男女録(けんもんをとめろく)』という如何にもという感じであったが……実際は、里の娘とお公家さんの、極真面目な恋愛話話のようであった。


     十八 行灯(あんどん)(二)
「ん!」
 と、夫が手を差し出したので……お美代は本を返した。
「安五郎が言っていた潜りの貸本屋。今日挙げて、艶本がごっそり出て来たんだが……肝心の、若い娘に貸していたというのは艶本じゃなくて、こっちのまとな本だったという訳でな。何でも娘っ子達に豪い人気で。皆、挙(こぞ)って借りているんそうだ」
(ふ~ん……って、そんなの読んでたの?)
「どんなお話ですの?」
「うん。参籠(さんろう)に行った貴人が近くを散策している折、里の娘に一目惚れしてな。自分はさる御方の供人だと身分を偽って。窶(やつ)した格好で娘に近づくんだ」
(玉の輿(こし)のお話か)
「二人は恋仲になるんだが」
(だが?)
「娘に思いを寄せる山賤なんかも出て来たりして」
「やまがつ?」
「樵(きこり)とか猟師の事だ」
「嗚呼ーっ、はいはい」
(恋敵の登場という訳ね)
「それで、どうなるのです?」
「それから先は」
(先は?)
「今からだ」
 と、夫は本に視線を戻した。どうやら最後まで読み通すつもりらしく……結局、肩透かしを食らった。基(もとい)、自分の独り合点(がてん)だと分かり、
「先に休みますよ」
「あぁ……」
 と、夫は気の無い返事。
 お美代は目を瞑(つぶ)り、さっさと寝ようとしたのだが、
「お美代」
「……」
「寝たか?」
「起きてますよ」
「ああ……お藤の事なんだがな」
「はい?」
「言い忘れていた事があってな」
(はぁ?)
「うーん……」
「何です?」
 と、お美代は聞き返した。

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