2017年1月12日木曜日

時代劇小説『みこもかる』 七 自身番(三)

【前回の『みこもかる』は?】佐賀町の自身番で、北町奉行所の定町廻り同心池田重太郎は潜りの貸本屋染七を取り調べていたが、其処へ、名主の四朗右衛門が一冊の本を携えて訪ねて来る。町内の娘が染七から本を借りた事を不問にして欲しいとの依頼であった。差し出された本を手に取ると、てっきり艶本だと思いきや、『見聞男女録』という公家物の御伽草子で……と、其処へ、同輩の吉井が訪ねて来る。現在、池田家では下女が不在の状態なのだが、奉公の口を探している娘を見つけたので、知らせに来たのであった。




     七 自身番(三)

「何だ、こりゃ!」
 吉井は『見聞男女録』を捲りながら、声を上げた。
「艶本ではないではないか?」
 本を突っ返してきたが、奥の板間の左平次と伝蔵が手にしている本をあざとく見付けた。
「何だ、そっちか。上がるぞ」
 と、吉井は衝立をぐるりと回って中に入ろうとしたが、
「吉井様、御役目御苦労様です」
「おっ!」
 四郎右衛門が居るのに驚いて、足を止めた。
「いえいえ……おい、何だ? 取り込み中か?」
「何でしたら、手前は出直しますが」
「いえ。吉井を待たせますので、お気遣い無く」
 重太郎は四郎右衛門を押し留めると、
「これでも読んでいろ」
 と、吉井に艶本を渡した。
 吉井は中で読めばいいものを、態々外に出て、上がり框に腰掛けた。野次馬が見守る中、
「おー、こいつは凄い」
 とか、
「嗚呼~」
 とか一々呻(うめ)き声を発していた。
 馬鹿は放って置いて、重太郎は話を続けた。
「見た所、別に問題は無いと思います」
「そうですか」
「こいつに関しては……借りた者は引合を付けますが、必ず抜くという事でどうでしょう?」
「はい。それで手を打ってもらえれば、手前は結構で御座います」
「安五郎、異存は無いか?」
「へい、有りません」
 引合が付けられたままだと、御番所から差紙が届いて、証人として父娘共々呼び出される羽目になる。もしそうなれば、あそこの娘は艶本を借りていたと変な噂が立ち兼ねない。安五郎親分に包み金を渡して、引合を抜いて貰わないといけない。つまり、裏取引で証人を免除してもらうという按配である。娘の父親は少し多めに払わされるだろう。
「余り欲張るなよ」
「へい。心得ています」
 安五郎に釘を刺して置いて……取り敢えず、四郎右衛門の方は片付いたので、
「おい、話を聞くぞ」
 と、重太郎は吉井に声を掛けた。
「おぉ。何処か他所で……」
 と、吉井は拝むような顔をした。

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