2017年1月12日木曜日

時代劇小説『みこもかる』 五 自身番

【前回の『みこもかる』は?】北町奉行所の定町廻り同心池田重太郎は、配下の御用聞き安五郎親分を連れて、川向こうの佐賀町の裏長屋に居た。此処に住む絵師の染七は潜りで貸本をしていた。扱っているのは艶本。しかも見境無く、年端の行かない若い娘にも貸し与えているとかで、今回御用という事に……部屋に踏み込み、難無く染七を捕らえた。




     五 自身番

 自身番の中は人でごった返していた。
 山積みされた何十冊という艶本を挟んで、安五郎の横に染七を座らせた。
 壁際の机に家主が陣取り、火鉢の横には自番人の親仁が控えていた。
 次郎や卯助、安五郎の手下どもは建物の外で、上り框に腰掛けるか、玉砂利の上に突っ立っていた。更に柵の向こうには、近所の野次馬が大勢集まっていた。
 左平次と伝蔵は奥の板間の方に座って、それぞれ勝手次第に艶本を手に取って眺めていた。悪戯坊主さながら、おい、これ、と見せ合いっこをする始末。家主が居る手前、重太郎が咳払いをすると、いけねい、と二人は首を引っ込めた。
 後はもう安五郎に任せて、早々に八丁堀の調べ番屋に引き上げたい所だが、時には御上の御意向も示さねばならない。見せしめの意味合いも兼ねて、重太郎は自ら取調べを行った。わざとらしく、表の障子は半開きにして……先ずは順に、一昨日家を出てから、何所で誰と会って何をしていたのかを問い質していると、
「ちょっと通して下さいよ」
 と、表の方で声がした。
「これは四郎右衛門さん」
 と、家主が腰を上げた。
 佐賀町一帯の名主を務める四郎右衛門の所にも、先程人を遣って事の次第を知らせて置いた。
「嗚呼、これは池田様。御役目御苦労様です」
「こちらこそ、お騒がせしております」
「いえいえ、そんな」
 と、四郎右衛門は謙遜していたが、急に伏せ目がちになった。
「所であのう、お取り込み中、大変申し訳御座いませんが、少しお話を宜しいでしょうか?」
「構いませんが、此処で? それともお宅が宜しいでしょうか?」
「嗚呼、中でも構わないんですが……」
 足の踏み場も無い状況に、安五郎と染助が板間に移った。
「どうぞ、中へ」
「はい。では、お邪魔させて頂きます」
「おい!」
 と、重太郎は外に居る次郎に声を掛けて、開け放しの障子を閉めさせた。中の様子が見えなくなって、野次馬が一斉に、あ~と不満を発した。
 親仁がさっとお茶を出す。
「おお、済まないね」
 四郎右衛門は礼を言うと、目の前の艶本の山を一瞥した。
「実は町内に住む娘が、そこに居る男から本を借りたそうなんです」
(おや、まあ。そういう訳か)
 重太郎は心の隅でほくそ笑んだ。

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