2017年1月13日金曜日

時代劇小説『みこもかる』 十 八丁堀

【前回の『みこもかる』は?】北町奉行所の定町廻り同心池田重太郎の家では現在、下女が不在であった。同輩の吉井が下女を紹介すると言うので、話を聞いたのだが……その、お藤という信州出の娘は、恋愛沙汰で前の奉公先を辞めたとか。更に、次の奉公先を探す際、お藤の請人(保証人)の半次郎と口入屋が喧嘩したとか。何だか面倒臭そうな話なので、重太郎は断ろうとしたが、半期(半年)だけでもと、吉井がしつこく食い下がった。




     十 八丁堀

 長助は屋敷の前の道で掃き掃除をしていた。
 色付いた、集めた葉っぱが山を成し
 とまぁ、そんな情景で、八丁堀の秋も深まりつつあり……
(へへ。後少しで終わり、終わり!)
 早く一休みしたいと、箒(ほうき)を持つ手の動きも早くなり。
 と、其処へ、近所の同心の奥様が包みを手に、こちらに歩いて来た。
「御苦労様」
「お早うございます」
 と、長助は箒を持った手を止め、深く頭を垂れた。
 歳は二十四、五ぐらい。同心の奥様だけあって小奇麗にしている。裏長屋のかかあ連中などとは段違いで、長助は通り過ぎたその後姿をじっと眺めていたが……
「なに鼻の下伸ばしてんだ」
「あっ、次郎の兄貴!」
「手動かせ、手」
「済みません」
 と、長助は頭を掻いていたが、
「ん! もしや、何か有ったんですか? 下手人を追って、手が足りないとか?」
「そんなんじゃない」
 と、次郎に軽く鼻で笑われた。
「言伝しに来ただけだ。奥様は居なさるかい?」
「はい」
 長助は箒を持ったまま、次郎の後を付いて行った。
 裏の水口から台所に入って、
「奥様、次郎です。いらっしゃいますか」
 と、次郎が障子越しに呼び掛けたが、
「……」
 返事が無い。
「寝てるんですかね?」
「しっ!」
 次郎に睨み付けられて、長助は亀の如く首を引っ込めた。
 で、もう一度。
「奥様、次郎です」
「……」
「奥様!」
「……」
「もしかして厠(かわや)とか?」
「お前は黙っていろ」
 次郎は言い放つと、屋敷中に聞こえるように呼び掛けた。
「奥様っ!」
 すると、何やらゴトゴトと物音が聞こえてきて……漸く、茶の間の障子が開いた。

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