2017年1月14日土曜日

時代劇小説『みこもかる』 十四 奥の間

【前回の『みこもかる』は?】八丁堀の我が家で、夫の帰りを待つお美代。新しい下女を連れて帰ると言伝を受けていた。さて、夕暮れ時。重太郎が帰宅する。出迎えたお美代は、お藤という名の娘と初対面を交わすが、その並外れた器量の良さに只言葉を失うのみであった。


     十四 奥の間

 お美代は押し黙ったまま、狐に抓まれたような心持ちで、夫の後ろを付いていったが……奥の間へ入った途端、待ってましたと言わんばかりに、夫が口を開いた。
「どうだ、驚いたか?」
「ええ、まぁ」
(そりゃあ驚きますよ。あんなに大きな目をしているんですもの)
「吉井に任せてみたら、これだからな」
「……」
「よく確かめもせず、いい加減な仕事を」
「何か訳有りなんですか?」
「ん?」
「いえ。仕事を探すにも、少し時期がずれていますでしょう?」
「……」
「それに、あの器量ですもの」
「んん……前の奉公先で、ちょっとな」
(嗚呼~。やっぱり、そうですか)
「其処のお嬢さんに縁談の話が来ていたんだが。その相手の男がお藤に色目を使ってな。何かあったという訳じゃないんだが。結局それが元で拗(こじ)れて、縁談がご破算になって。居ずらくなったそうなんだ」
(あらら。主人の怒りを買って、追い出されたのね)
「まあ、お藤は何も悪くないんだがな」
(まぁ、分からないでも無いけど。あれ程可愛ければ、男なら嫌でも目が行くでしょうし。ボンボンとくれば、そりゃあ、手だって出してしまうわね)
「郷は信州だそうだ」
「信州?」
「ああ。信州の松代」
「ええっと……」
「越中とか越後とか、そっちの方が近いな」
「また随分と遠い所から」
「ああ。家は本百姓で……ほれ、これ」
 と、夫は請状を取り出した。
「前の奉公先のだがな」
 ふ~ん、とお美代は目を通した。
(本百姓という事は、家はそこそこの富農だった? で、父親が何かでしくじって、借金でも拵えて、娘を奉公に出す羽目になったのかしら? いや、待って。だったら奉公なんかに出さないで、名主か庄屋の所にでも嫁入りさせればいいじゃない。あれだけの器量なら、引く手数多なのは間違いない訳だし。借金を肩代わりしてもらって、晴れて自由の身。んでもって、玉の輿。双方丸く収まって万々歳じゃない)
 とまぁ、疑問が深まるばかりで……

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